吉川正道展「涼硯−文机上のマケット−」(赤坂グリーン・ギャラリー 1999.8.26-9.11)
(文・柏木麻里)

『陶説』559号 1999年10月


吉川正道さんの新作展は、最近はじめて試みられた硯・硯屏・筆立・水滴・筆置の5点からなる文房具が中心となった。白磁のみの組み合わせと、硯・硯屏・筆立・水滴のどこかに、灰味のある呉須でシンプルな文様の入るものとがある。

呉須の文様は、縦縞、横縞、格子といった直線文様にかぎられ、形も矩形を基調としたものが多い。筆立の口を上からのぞくと、口縁は四面が四隅で直交して出合う形に作られていて、単に四角い形をもとめたのではない、論理的とでも言いたくなるような構成を感じさせる。
 5点の道具が、決められた配置のもとに幾組も整然と並んだ様子は、さながら古代都市の建築群を髣髴させる。全体に禁欲的な秩序を感じさせる作品群なのだが、それでいて無味乾燥とは程遠く、たとえば古銅の花生を見たときのような、不思議な匂いをもっている。これはどこから来るのだろうか。

目を近づけると、筆立や硯屏、硯の直線には微妙なゆらぎがあり、器の表面は土と釉のみずみずしい動きがかすかに波打っている。四角い形が多いが、板もの以外は、タタラではなくすべてロクロを通してあるという。土の生理にかなった造形との確信があるからだ。直線の中に潜むみずみずしさは、吉川さんのこの姿勢によるものだろう。
  また硯の蓋の一つは、いま内側から吹き込まれた気息のように円く膨らんで、とても有機的な表情をしている。そして硯内部の海には大小の楕円が並ぶ。
  全体を貫く論理的・直線的な構成と、それを破る有機的な曲線。方形と円形の協奏と言ってもよい。その協奏と調和こそが、不思議な生命の匂いを立てているのだろうか。

青白磁の「華俑」も神秘的な異形。ブロックを寄せて組みあわせた城塞のような上部と、橋桁のような五つの脚部からなる。これは家をかたどった中国古代の緑釉や灰陶を意識したものとのこと。
  今回の道具立てと形の源は、作者によると中国の道教にインスピレーションを得たもの、また茶席の道具に興味をひかれたものであるという(同展パンフレット)。

文房具への試みは吉川さんにとって、みずからの東洋的なルーツへ向けたはじめての視線でもあると語る。その視線がまったくの写し物ではなく、東洋的な道具立てと雰囲気をもちながらも、良い意味での不安定さを抱えた現代的な造形へ向かうところ、独自の風が文机上に通う。   




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