「木への恋」 より 柏木麻里
1
わたしだけの木
どこかに
わたしだけの木があると
声にださずつぶやいた
会ってもけして気づくことのない
何億本もの木の似姿の中に
2
木は動いて語る
木が身体を揺すぶりながら語ることが
わたしの空の中に
ばらまかれる
世界が
ある一定の大きさの
かきわりだと
気づくと
わたしは
ここをえらんで
ここにいたいと思う
灰色の空に向けて
くすんでちらちらかがやいている木と
墓地の壁のあいだの道の上で
5
木は
沈黙
によって
ただ
葉に
陽の光を
映し
ゆれながら それを
溶かし 流して
陽と
抱きあう
7
木の呼吸 は
ひとには 幸福な嘘
木々の立ち姿が
どれもよく似ているのは
それが身振りだから
ひとは
木と交わっているとき
自分と木とが世界であるとおもう
そして
ひとと木とで ひっそり
世界を産みおとす
8
木の中にとじこめられた木の復讐
ひとは木を見ることができないように生まれている
だから木は
ひとに世界を妊ませる
「ぼくは
木とだけはなかよしなのだ」
9
木 と
木に
言葉でふれると
木はそこからいなくなる
だから
わたしは
木の無言を
まなざしでふれる
木はそこにいてくれる
けれど
そのとき木はゆるしているだろうか
11
木は
ひとの中で
自らのかたちが
瞬間毎に変えられていることを
はげしくかなしんでいないだろうか
けして
ひとの中で生まれることができない
わたしの木は
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